朦朧染

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歴史
戦前
高橋岩男の父 髙橋半四郎が新潟県長岡市にて髙半染物店を営む。
戦争が激しくなるに従い、髙半染物店でも軍服などを染めることとなる。
代々髙橋半四郎という名前が受け継がれていたが空襲で全てを失う。
半四郎の弟 髙橋白峰はこの頃から京都で濡れ描き友禅の工房を営む。
1937年
髙橋岩男 新潟県長岡市に生誕。
1945年
戦禍を逃れるもしばらく商いはできず、岩男の母 菊代が京都の誂え品を仕入れ、販売から仕立てまでをし、家を支える。
染物店としては誂染を中心に再スタートを切る。
1959年
岩男 22歳。毎日新聞に仮入社するも京都の叔父である白峰の染織工房を訪れ、着物制作の魅力に惹かれその場で入門・師事する。
1963年
岩男 26歳。刷毛を叩き、点描で描く「墨山水」を考案。
1968年
岩男 30歳。叔父、白峰より独立。妻、信子と2人で小さな工房を営む。
桃山時代の豪華絢爛の美を表現した作品、桃山調を発表し、一世を風靡する。
この時、“朦朧染”の原点となる“濡れ描き友禅”+“無線友禅”による奥行きのある表現方法を編み出す。
高橋肇 京都に生まれる。
1972年
髙橋白峰 没
1975年
髙橋半四郎 没
1979年
株式会社 染の庵髙岩  設立
常に史実に基づき、ストーリー性のある図案を手掛ける。
1986年
株式会社 染の庵たかはし  設立
銀閣寺の白峰の流れを組む工房と合併し、岩男 社長に就任。
髙橋峰陵と共に濡れ描き友禅のより高い表現を模索し続ける。
1989年
髙橋肇 20歳。染の修行に入る。
2005年
岩男 67歳。病を得るも創作意欲は衰えず、数々の名作を発表し続ける。
2006年
岩男 68歳。社長を辞任し、会長へ就任。
肇 37歳。専務に就任。
2007年
岩男 69歳。原点である山水に再び情熱を燃やし、後進の育成にも更に力を入れる。
2007年 11月
肇 38歳。染の庵たかはしより独立。“株式会社遊水庵”の社長に就任。
2009年
京都紫野の大徳寺近くに遊水庵 移設。
2011年
髙橋岩男 没(73歳)